サイバーエージェントがSFプロトタイピングを開始した。


株式会社サイバーエージェントは、「WIRED」日本版とクリエイティブ集団 PARTYが展開する「WIRED Sci-Fi(サイファイ)プロトタイピング研究所」が開発・提供するプログラムを、企業に向けて提案・実装をサポートする組織を新設した。
「WIRED Sci-Fiプロトタイピング研究所」は、メンターとしてSF作家が参加しているのが特徴。SF作家がもつSF的思考を用いて、これからの未来を構想し活かすためのコンサルティングサービスを開発し企業に導入する取り組みをしている組織である。

ミラーワールド/メタヴァース時代のメディア・広告の未来。

新しい組織の設立とコンサルティングサービスの提供に先駆け、2021年1月から4か月間にわたり、サイバーエージェントのインターネット広告事業本部のマネジメント層が「WIRED Sci-Fiプロトタイピング研究所」が提供するプログラムに参加した。
ここでのテーマは、「ミラーワールド/メタヴァース時代のメディア・広告の未来」である。
「ミラーワールド」とは、現実の都市や社会が1対1でデジタル化された鏡像世界のことをいう。ARグラスなどのデバイスを介してデジタル情報レイヤーが表示され、現実世界を拡張する。また、「メタヴァース」は、インターネット上の仮想空間を意味する。利用者はアバターとして仮想空間に入り、他者とコミュニケーションをし、そのなかで経済活動を行うことが可能な場所というもの。現在よりもさらに仮想世界の占めるウェイトが大きくなった未来が、このテーマの舞台となっている。
よりバーチャル空間へ越境していることが想定される約40年後を想定し、メディア・広告業界はどのような変化を遂げているのか? 人々が生活するうえでどのような価値をそれらが提供するのか? といった議題について、参加者はワークショップを重ねた。
そして、SF作家によって描かれたサイエンスフィクションを起点として未来の生活を想像し、そこからバックキャストして現在、取り組むべき課題を見出すことを最終目的としたといする。

約40年後のメディア・広告の世界を想像する。

本プロジェクトの狙いは、サイバーエージェントが広告やメディアの未来像を考え、中長期的にビジネスを成長させるための、新しい切り口でのアプローチをすることにあったという。
「Sci-Fiプロトタイピング研究所」によるプログラム構築は、4つのステップに分かれている。
STEP1として仮説を立てる。ここでは、約40年後のメディア・広告の世界を想像する。自身がもっている欲望、ないしは社会に対する不満を起点に、「そうであってほしい未来」ももちろんだが、「そうであって欲しくない未来」にも目を向けて未来像を描いていく。
STEP2は、科幻である。登場人物や生活のディティールを描き、彼らが実際に物語のなかでどのように考え、行動するのかを想像し、サイエンスフィクションとしてのストーリーを描く。
STEP3は、その未来にたどり着くための変化点を探る。収束について考える。
最終的にSTEP4で、プロダクトやサービスの実装について、バックキャスティングのアプローチで考える。
プログラムにはSF作家がメンターとして参加。物語を描いた。
作家の津久井五月氏は、広告を食べるバーチャルペットを中心とした「イドを探して」という物語を生み出した。
作品をもとに、今後の広告ターゲティングの基本となるであろう「履歴」に対して、どんなふうにそれを収集してビジネスに還元していくかなどが議論された。想定として、国よりお金持ちになったプラットフォーマーが履歴に応じてベーシックインカムを付与する社会になるかもしれないといったような意見も飛び出したという。
作家の小野美由紀氏は、2030年に自殺したアイドルの人格が、メタヴァース世界で2060年に復活し、アイドル活動に従事させられる「容れ物たちの話」という物語を制作した。
そこでは、バーチャルヒューマンのすそ野が広がり、一般人にも身近なものになった社会でどのような広告や課金のモデルが考えられるのか、そのときサイバーエージェントはどんなビジネスを展開しうるのかなどについて、メンバーで意見を交わしたという。
作家とサイバーエージェントメンバーの思考のすり合わせにより、作品が変化し、またビジネスアイデアがさらにブラッシュアップされたといった化学反応も見られたとする。そのなかでより具体的に、濃い内容で未来を描くプロトタイピングが可能になったという。

従来の慣習や常識にとらわれないメディア・広告のあり方を発信する。

SFプロトタイピングは、現状分析や過去の統計、実績などのデータに基づくアプローチとは異なり、ストーリーとして実際に物語やキャラクターを段階的に描写するため、未来の社会や生活をより解像度高く想像することが可能となる。未来の社会やそこで暮らす人々のディティールを細かく描きだすことで、想像がより鮮明になり、それが発想を展開させるのだ。
サイバーエージェントでは、このプロジェクトを通してこれまでの事業視点では到達し得なかった未来像を見出すことができたという。「競争戦略のなかで、この会社にどう勝っていけばいいか」「このプラットフォーマーとどのように差別化すればいいか」といった企業視点にとどまらない個人の視点で、メディアや広告がどのような価値を持ち、どんなふうに生活の中に影響を与えるのかを想像しやすくすることも、このプログラムのメリットだったという。新しいビジョンやイノベーションのヒントも享受できたそうだ。
本プログラムは、最終的にSTEP4で事業への実装までを想定して取り組むことから、想像した未来の社会で展開されるビジネスや、そのビジネスを行なうためにいま取り組むべきことを、バックキャスティングのアプローチで検討できるといった還元性も備えている。事業開発に活用することはもちろん、次世代の経営を担う人材育成においても非常に有効だといえる。

このプロジェクトの成功をもって、サイバーエージェントが打ち出したのが、冒頭の「WIRED Sci-Fiプロトタイピング研究所」によるプログラムの提供支援組織である。
クライアント企業の課題や展望を、SFプロトタイピングの思考をもとに、研究所と共にプログラムの導入提案を行っていく。そして、そこからバックキャスティングして予測した未来構想のプロトタイピングにおいて、サイバーエージェントが提供している最先端の3DCG映像やXR技術などのクリエイティブテクノロジーやAI技術などを用い、実装に向けた制作までをサポートするのが目的。

より効果的にプロモーションを行うために、また、企業の課題を長期的な目線でクリアするためにも、研究所のプログラムを活用した企業における未来の事業構想・開発でアプローチしていくというサイバーエージェントの狙いは革新的だ。
もちろん、4か月間、「WIRED Sci-Fiプロトタイピング研究所」の提供するプログラムに参加したサイバーエージェントのインターネット広告事業本部のマネジメント層が、自ら参加したプログラムのなかで、それがもたらす効果や思考の広がりを実感しなければ、けしてこのような事業展開は生まれなかっただろう。
目先の課題からフォアキャスティング的にものづくりをしていくのが従来の方法だとしたら、プロトタイピングのプロセスを経てバックキャスティング的な物語を考える今回のプログラムは、斬新で挑戦的ではあるものの、普段の生活では気づかなかった目線や角度で未来を見据え物語を紡ぐことで見えてくるアプローチがあることをサイバーエージェントは身をもって知っている。
インターネット広告の領域で新しい価値を創造するサービスやマーケティング手法を開発する第一人者として、サイバーエージェントはこれからも従来の慣習や常識にとらわれないメディア・広告のあり方を発信していくようになるのかもしれない。

●参考
https://www.cyberagent.co.jp/news/detail/id=26303
https://wired.jp/2021/06/07/sci-fi-prototyping-cyber-agent-ws/
https://media-innovation.jp/2021/06/07/cyber-agent-starts-sci-fi-prototyping-consulting-service/
https://note.com/onomiyuki/n/nb3eecbfb4a2a