205x年の都市。いつだって未来は希望に満ちている。


SFプロトタイピング ケーススタディ
作●星野☆明美

俺は梶谷拓也。
俺は鏡の前でネクタイをしめていた。いつもより特別な洒落たスリーピースだ。なぜかって? これからデートだからだ!
相手は仕事の関係で知り合った女性で、光瀬洋子さんという。
俺はユニコーン企業“Nemo”に勤務している。仕事は3Dプリンタで、リアルな食肉を造ることや、介護食を出力すること。いかに見栄えよくおいしくできるようにするかが研究課題。日々、頭を悩ましている。
この前、その仕事での進捗を発表する場があったんだけど、その時、光瀬さんは海水をろ過した弱塩水で野菜を作ったり、海水に強い野菜を開発したりといった仕事の進捗を発表していた。
俺たちは研究分野こそ違えど、同じ志を持った者同士としてお互いを認識した。
今日は市場に出回っているお互いが作っている食品の食べ比べ、という名目で待ち合わせをすることになったのだ。

鼻歌交じりで靴を履く。この靴は俺をいろんなところへ連れて行く。今日も希望に満ちた場所へ行く。
地上7階のドアが開くとそこは、歩行者専用移動道路オートウォークへと向かうエントランスになっている。俺は流れているオートウォークにひょいと飛び乗って都心へと運ばれて行った。
高架でつながれたオートウォーク。眼下には鉄道や自動車の走る専用道路が通っている。少し上の方には空気の圧力でカプセル状の乗り物を送っているチューブがビルとビルの間を行き来している。
移動道路の中央貨物専用レーンに牛や豚の入った檻が乗っていた。
俺の仕事は、と殺の数を減らすことにも一躍買っている。牛や豚などの家畜から細胞を採取してそれを培養したものを使って食肉を合成するのだから、無益な殺生は減って当然だ。それに、極端な話、砂漠や宇宙でも食糧難になったとき、大いに役立つ技術でもあった。
オートウォークの乗り換え地点には飲み物や軽食の自動販売機があり、自宅で朝食を取り損ねても、ここでハンバーガーやらおにぎりなどと飲み物を買って食べることができた。今日は食事に行くから腹を空かせて行った方がいいだろう。
ただ、のどが渇いたのでアイスコーヒーを買う。有名なデザイナーがデザインしたという奇抜な形のボトルに入ったコーヒーを飲む。よく冷えていておいしい。
流れてゆく移動道路。逆向きのレーンに小学生の団体が乗っていた。ひとしきりはしゃぐ声がして、通り過ぎて行った。
エレベータとは違う、ビルの外を浮遊している昇降機と呼んでいる籠に乗り換えてビルの屋上まで運ばれていった。流線形の新しいビル。窓ガラスは外から見ると鏡のように景色を映していた。

「梶谷さん!」
やさしい声がした。光瀬さんだ。約束の時間より早く来ているなんて、むこうも今日の食事が待ち遠しかったのかな?
「待ちましたか?」
「いいえ。今来たところです」
品のいいラベンダー色のひらひらしたワンピース姿だ。化粧は濃くなくて、ナチュラル。小さなハンドバッグを下げている。
「じゃあ、さっそくいきましょうか?」
「ええ」
ロボットウェイターに展望レストランのリザーブ席に案内される。
メニューはあらかじめ申し込んでおいたから待っていれば順番に運ばれてくるだろう。
「その後お仕事は順調ですか?」
「ええ。そちらは?」
「今日のメニューに出てきます」
「楽しみですね」

二人してルンルンしながら料理の乗った皿が運ばれてくるのを待つ。風が心地良い。緑色の日傘が日差しを遮っている。今日は晴天だ。
天候調整装置が開発されて、豪雨や異常気象が軽減された。2020年頃は上空のジェット気流の流れに異常があったそうだが、それを調整する装置が開発されてから温暖化も進行が鈍くなり、過ごしやすくなった。
「これ、どっちが本物のお肉なんですか?」
光瀬さんが二つ並んだ皿に乗った調理済の霜降り肉を見て素っ頓狂な声をあげた。
「あててみて。当たったらなにかいいものをあげますよ」
「えー、うーん」
悩んでる姿が可愛らしい。俺は幸福感を味わう。
「わかりません!なんてそっくりなのかしら」
「食べ比べてみて」
もぐもぐ食べる表情も可愛い。
「完敗。わからないわ」
やった!俺の仕事もここまで来たか。俺は満面の笑みで彼女をみつめた。
「じゃあ、今度は私の番。トマトとレタスを食べ比べてみて。どちらが海水で栽培されたものでしょう?」
昔は野菜に塩水をかけると水分が蒸発して枯れてしまうから、海水で栽培するなんてナンセンスと言われていた時代もあったのに、すごいな、と思う。
俺は食べ比べてみた。
「こっちのトマトの方が甘い。レタスもシャキシャキしている」
「そちらが海水で作った野菜です」
「ほんとに?」
びっくりしている俺に、今度は彼女の方が勝ち誇った笑みを浮かべた。
「昔から塩トマトっていうのがあって、野菜に塩水でストレスを与えると甘くなる性質があったの」
「へえー」
次に運ばれてきたのは、トラフグの刺身の大皿。
栃木発祥の温泉トラフグだ。毒を含むプランクトンを食べていないトラフグには毒がないという。
「安心して食べれますね!」
醤油の小皿を片手に箸で刺身をよそう。
「おみやげを持ってきて」
ほどよい折をみて、ロボットウェイターに頼むと、彼はバックヤードから20cm四方の箱を二つ持ってきた。
「おみやげ?なんですか?何が入っているの?」
光瀬さんが身を乗り出して箱を開ける俺の手元を見た。
「じゃじゃーん」
トラフグの皮でできたフグ提灯。彼女がきゃっきゃ言って喜んでいる。俺も嬉しくなってしまう。
「これ、おそろいですね」
「今日の記念に」
「部屋に飾ります」
ユーモラスな提灯だった。我ながらよくやったと思う。彼女が喜んでくれてなによりだ。
お互いに今日の食事は大成功だった。
「また今度もご一緒できますか?」
俺がそう聞いたら、彼女はちょっと口ごもった。
「転勤するかもしれないの」
「それは遠いところ?」
彼女は空を指さした。
「火星」

「どうした? 浮かない顔して」
画面越しの上司が俺に聞いた。
「好きな人が遠くに行くんです」
「どのくらい遠くだ?」
「火星って言ってました」
「火星?!」
誰にもどうしようもないもんな。諦めきっている俺に上司はまさかの発言をした。
「お前も火星に行ってこい」
「は?」
「宇宙食開発の一環で、いろんな食品分野のスペシャリストが呼ばれているんだよ。その彼女もそれで行くんだろ? うちからも一人誰か行かなくちゃならんのだ」
「うそでしょー」
にわかには信じがたかった。
「いいから行ってこい。そしてまた一つ成功を納めて来い」
いつもより上司が頼もしく思えた。

「おい、お前。俺をどこまで連れていくつもりなんだよ?」
俺は履いている靴に向かってひとりごちた。
毎度のことながら、この靴は俺をいろんなところへ連れて行く。今日も希望に満ちた場所へ行く。
俺は今、郊外にある空港とスペースポートを併設した施設にいた。ひっきりなしに飛行機や小型宇宙船が飛び立ってゆく。昔みたいにロケット打ち上げして重力がかかるやり方は減って、スペースシャトルのような形状の飛行物体で上空まで安全に飛んでいき、そこから宇宙へ出て行く技術が開発された。
以前は特別な訓練を積んだ特別な人しか宇宙飛行士になれなかったらしいが、今は猫も杓子も気軽に宇宙旅行できる時代だ。何か得意分野があれば引く手あまたで歓迎される。良い時代になったものだ。
光瀬さんは一足先に火星に行っている。俺は今からあっちへ向かう。きっと彼女はびっくりするだろう。喜んでくれればいいが。
携帯している端末をいじって3Dプリンタのソフトで押し出しや角を取る作業で指輪をデザインした。火星に行ったら、レゴリスという砂を使って世界に一つしかない俺の指輪を作って彼女にプロポーズするつもりだ。
不安が全くないわけじゃないが、大丈夫、いつだって未来は希望に満ちている。

〈了〉

commentary

その昔、未来は希望に満ち溢れていた。人々は「歩く歩道」を使い、ロボット化した自動車に乗って走り回り、月はおろか火星や金星へと宇宙旅行をすることを夢見ていた。
いつしか「そんな未来なんて、来ないだろう」と誰もが思い始めた。
「それを実現しようとしたら、いくらかかると思うんだ?」「それより、こうした方が効率的じゃないか?」
SFプロトタイピングは、未来を予想することが目的ではない。
荒唐無稽(こうとうむけい)、幼稚な夢物語、そんな発想が実は大切なのだ。
「こんな未来が来たら楽しいじゃないか」と思い描き、「それを実現するにはどうすればいいか?」を考えることが、SFプロトタイピングの役割りだと言える。

by.大橋博之