僕の最高に平凡な日常。


SFプロトタイピング ケーススタディ
作●海野夏

僕の名前はクロム。おんぼろビルの1階にある、セルフ運転車専門販売店「スーパーギャクシー」に勤務している。
僕の1日は、開店作業と、店内に行儀よく並んでいる車の簡単な点検、それと店の掃除で始まる。僕が転職してきてまだ1か月程度だが、もう、慣れたものさ。
ささっと手早く終えると、店の外へと向かう。今日は店の表と、裏に出て歩行者専用移動道路オートウォークへ向かうまでの道の掃除をやろう。
このような作業は掃除専用ロボットの方が適していると思うのだが、僕が働く「スーパーギャクシー」の店主は平成元年生まれの頑固者で、掃除専用ロボットを受け付けない。だから、僕がやるしかないのだ。

今は205x年、自動運転車が急速に社会に浸透した時代だ。
かつて自動運転車と旧型(乗る人間が自ら運転する車のこと。セルフ運転車の別称だ)の比率は現在とは真逆だったらしい。今ではセルフ運転車の方が珍しい存在になっている。
それも当然の流れだろう。行き先を言うだけでAIが連れていってくれる便利さ、運転なんてわずらわしいことのない移動中の自由時間、外装・内装共は自分好みにカスタマイズできるし、乗り心地の良さはバツグン。他にも理由はいくつか挙げられる。
なにより、AIが運転してくれるのだから、わざわざ高いお金を払って「運転免許」というやつを取りに行く必要もない。
公共交通機関では無人運転が行き来しているし、運送業においても工場や店、港などの間を貨物のみを乗せた貨物用自動運転車が走り回っている。日本中で自動運転車専用道路が整備されようとしている。
だけど、都市部では事故防止のためセルフ運転車走行が追いやられようとしているとも聞く。それだけは少し困った問題だ。
「運転の自由と街の多様性を認めるべきだね! 今の子どもにはピンと来ないかもしれないが、俺が子どもの頃、『車屋さん』と言えば、それは『セルフ運転車』のことだったのにだ!」というセリフは、酔っ払って真っ赤な顔の店主が画面越しに僕の報告を聞きながら吐く、ノスタルジーってやつだ。
店主は今は腰を痛めていて、オンラインで朝夕の報告の際に顔を合わせるだけ。そもそも店主はベーシックインカムであまり働く必要はなく、店は趣味の道楽だ。
整備士アンドロイドは奥で自分の車をいじっていて滅多に表に出てこないから、いつも僕一人で店番。当然と言えば当然だ。そのために僕を雇ったのだから。

かつてセルフ運転車販売店は大小さまざまあって、日本中にあふれていたという。今では全国に数か所しかない。
僕が働く「スーパーギャクシー」もそのひとつ。ダサい名前の店が扱う商品はセルフ運転車のみ。販売形態やシステムはひと昔前のまま。
店舗では接客用アンドロイドを複数体置くのが普通の時代に、店主みずから接客していたのだから驚きだ。「レトロテイストな店」としてポータルサイトに紹介動画がアップロードされているが、単に時代遅れなだけなのだ。

『そろそろかな』と時刻を確認した僕は、急いで店の前に移動する。
すると予想時刻ぴったりに目的の人物、否、アンドロイドが現れた。凹凸のない、丸みを帯びたフォルム。その白い曲線が朝陽を浴びるとほのかに色づくのが美しい。
「フラトさん、お、おはようございます」
僕はおずおずと声を掛ける。
「おはようございます」
こちらを向くことなく、僕の声に反応して感情のない無機質な電子声を返す。隣の100階建て高層ビルの1階にある自動運転車販売店「カーギャラリー」の案内用アンドロイド、「フラトさん」である。
「何かご用でしょうか?」
「特に用があるわけではありませんが、いい天気ですね」
「現在の降水確率は60パーセント、雲量は9、よって天気はくもり。『いい天気』と言うには一般的にはやや雲が多いと思われます」
「そ、そうですね……。実は天気の話がしたいわけではなくて、仕事が終わった後に少しお話できたらと思って……」
「申し訳ございません。業務時間外の個人的アポイントメントは禁止されております。ご用件は以上でしょうか? まもなく始業時間ですので失礼いたします」
もじもじする僕を軽くあしらったフラトさんが店前の定位置に付く。そうなると業務中なので、業務以外のお喋りはしてくれなくなる。つまり、これで話は終わりということだ。
ユニコーン企業“Nemo”でAIクリエイターとして活躍していた僕が、こんなひなびた店に転職したのは、フラトさんにひと目ぼれしてしまったからだ。
『隣の店で働いていたら、きっとチャンスはあるかも』と考えていたら運よく、店主が腰を痛め、代わりを探していたところに潜り込めたというわけ。
そんなことで頑張っているけれど、何度話しかけてもフラトさんは常にクールでつれない。僕はフラトさんと話すだけで舞い上がってしまい、いつも天気の話ばかり。未だ進展はない。でも、今日は初めてその先のことを話題に出せたのだから、一歩前進ということにする。

「スーパーギャクシー」では販売だけでなく、修理や点検、セルフ運転車に関する相談も受け付けているので、意外と訪れるお客は少なくない。とはいえ、お客は1日に1人か2人いれば良い方なんだけどね。
セルフ運転車が現代でも売られているのは、趣味としての地位を確立しているからだ。
店主のようなセルフ運転車全盛期を知る世代や、その世代から影響を受けた若者などが、セルフ運転車愛好家「セクラ―」となり、セルフ運転車を愛する者同士で集まっている。彼らは郊外や地方で定期的に展示会や情報交換会、運転技術披露の場を設けているという。
「自動車運転免許」は運転を楽しむためのマニアックなライセンスとしての道をたどり、同好の友を見つけるための目印の役目も担っているのだ。
この店は店主もセクラ―なので、セルフ運転車愛好家たちが度々姿を見せる。何事も需要があるところにはあるものだ。

店を開けてまもなく、店の前に人影が現れた。入り口や窓から店内を覗いてしばらくうろうろしていたが、意を決したように入り口をくぐって入ってきた。
「いらっしゃいませ。本日はどうなさいましたか?」
「旧型、じゃなくて、セルフ運転車が欲しいんですけど」
「かしこまりました。こちらはクラッシックなガソリン車のエンジンをネオエネルギーで動くようにカスタムした車。あちらは自動運転車になる前に製造された最後のセルフ運転車です。もちろんネオエネルギーで走ります。どちらも人気ですよ」
僕がそう言って案内すると客は視線をさまよわせながら頷き、店内に整列した車たちの周りを順にぐるりと見て回り、やがて途方に暮れたような表情で立ち尽くした。
普段、相手にする愛好家たちは大抵向こうから要望を言ってくる。が、どうやらこの客は違うらしい……。
「どういった車をお探しですか?」
「それが、実は免許を取ったばかりでセルフ運転車については、ど素人なんです。どれを選べばいいのやら……」
困ったような、ばつの悪そうな顔に、僕は疑問を抱いた。
僕はこの店で働く以上、仕事としてセルフ運転車や接客について勉強中ではあるが、一般的に特に詳しくも好きでもないものを購入する人は稀だ。なぜ、この客は詳しくもないセルフ運転車を買おうとしているのだろうか?
「高い買い物になりますので、無理に本日購入することはありませんよ」
接客をする上で、こういうことを言うのは本当は良くない。店主が聞けば叱られるだろう。しかし、僕はこの客に無理矢理不必要なものを押し付けるつもりはなかった。本当に必要としないのであれば、客にとっても、商品にとっても良くない。
「そうなんですけどね……」
僕は客をソファーに案内して、事情を聞くことにした。
すると客は、親友がセルフ運転車愛好家なので、親友に強く勧められ、根負けする形で免許を取りに行ったと言う。そして、来月、ニュー東京ビックサイトで開催されるセルフ運転車愛好家の一大イベント、「セルフ運転車愛好家マーケット205x(通称、セクケット)」に親友と行くことになっていると打ち明けた。
セクケットと言えば「入場可能なのは運転免許を持つ者のみ」とセクケット準備会が厳格な制限を定めていることで有名だ。そういえば店主も「腰の痛みさえなければ」と参加を断念して大泣きしていたものだ。親友はよほど一緒に来てほしかったのだろう。
「最初は自動運転車があれば充分と思っていたんです。でも親友の話も理解できることが増えて……。なにより、『AIと同じことが自分にもできるんだ』と思ったら、楽しいかもって思えるようになったんです」
そう言う客の表情には親友を思う気持ちが表れていて、何とも嬉しそうだ。
「では、今回は練習用の車を探しましょう。運転しやすく、価格も控えめなものを選んではいかがでしょう。運転技術が上達したらデザイン面でも理想的な車を探すことにして」
「そう、ですね。その方が今は安心かも」
客が頷くのを見て、初心者にも比較的運転しやすいとされる超小型モビリティをいくつか選ぶ。整備はきちんと行っているので問題はない。客は少し考え、先程より短い時間で一台の深いグレーの車に決めた。今度は自分が運転するイメージをしっかり思い描けたようだ。必要な手続きと、整備士による点検を済ませた後、車は晴れて客のものとなった。
「ありがとうございました。頑張ってきます!」
「困ったことがあればいつでもいらしてください。では、お気をつけて」
客の運転する車はセルフ運転車走行可能路を通って帰っていった。まだ運転はおぼつかないように見えたが、そのうち慣れるだろう。愛好家の集まりでも運転のコツを教えてくれる催しがあると聞く。良いセルフ運転車ライフのスタートを切れるに違いない。

客が帰った後、他に訪れる者はなく、店主への報告、掃除、閉店作業で終わりを迎えた。
隣の店先を覗くと、フラトさんはもういなかった。きっと中で休んでいるのだろう。僕も早く戻って休もう。
僕専用に備え付けられた格納スペースに戻り、コネクタを接続。順に動作が終了して、僕の意識は電子の海に投げ出された。
これが僕の最高に平凡な日常である。

〈了〉

commentary

まもなく自動運転の時代がやってくる。たとえガソリンで走る自動車はなくなったとしても、自動車そのものはなくならないだろう。
そして、自動運転では飽き足らないセルフ運転車愛好家「セクラ―」がマニアックな市場を作るに違いない。
この作品は、自動運転の時代がテーマ。そんな時代では人々はどのような平凡な日常を過ごしてるかを描いている。
SFプロトタイピングは、平凡な日常こそが大切なのだ。

by.大橋博之